なぜ22世紀を想像できないのか?

Why can’t we imagine the 22nd century?

ウィリアム・ギブスン

William Gibson

SF作家

Sci-Fi Novelist

20世紀には、その極めて早い段階から、21世紀はテクノロジーによる奇跡の領域に入るのだと思われてきました。いまや人類はこうして21世紀にたどり着いたわけですが、いまだかつて「22世紀」について思考を巡らせたり、それについて言及しているものですら、わたしは目にしたことがありません。

それはなぜかと言えば、20世紀にあったような意味での「ひとつの未来」を描くことを、人々がやめてしまったからだと思います。いまでは「現在」とはとても短いものになりました。物事の変化があまりに速すぎるために、文化的にはもはや、「いま」という時間は持続するものではなくなったのです。

In the 20th Century, from quite early on, the 21st Century was invoked constantly, a realm of technological miracles. So here we finally are, in the 21st Century, yet I can’t recall ever having seen “the 22nd Century” invoked at all, or even mentioned!

I think this is because we’ve ceased to have “a Future!” in the sense that we did in the 20th Century, and that, in turn, because our present has become so very brief. Things are changing so rapidly that “now” is of no duration, culturally.